場所は久々の横浜のムービルです。
いや〜、良かったねぇ。
前評判だとなんか「ミリオンダラー・ベイビー」(04)っぽい感じなのかと思ったら、全然違って娯楽作品だったしね。
前作の「チェンジリング」(08)を見た時に「ゴミみたいな映画が多い中、この映画は実にシンプルに物語を綴ってゆく。その安心感。心地良さ。」と書いたんだけど、今回も全く同様の感想を持った。
ストーリー展開にちょっと難ありとは思ったけど、それも気にならないくらいにちゃんとした作りをしてたし。
この「ちゃんとした」ってのが最近では貴重ですよね。
映画は頑固で偏屈な老人(イーストウッド)と隣人のアジア系移民の交流を描いている。
妻に死なれ、子供たちとの間にも溝ができてしまった老人ウォルトが最後に心を通わせることになるのが隣人の青年タオ。
ウォルトはタオの先生となり、父親となり、そして手本となろうとする。
エンディングについては言わない方がいいのかな。
ただいろいろな批評にあるほど大袈裟なもんじゃないんじゃないとは思ったけど。
この映画を見ながら思い出したのがやっぱり「センチメンタル・アドベンチャー」(82)だった。
少年の師となるところや、胸を患って血を吐くところ、そしてその幕切れも。
イーストウッドが自ら作曲をし、歌を披露したのも「センチメンタル・アドベンチャー」が最初だったんじゃないかと思うし。
変わったのは30年近く時が過ぎて監督クリント・イーストウッドの演出が熟練したこと。
その「センチメンタル・アドベンチャー」でイーストウッドの甥っ子を演じた息子のカイル・イーストウッドが今ではイーストウッド作品の音楽担当をしているのもこれまた時の流れを感じさせる。

カイル君、ラストのたどたどしいギターが良かったなあ。
あと「チェンジリング」の時は、まるでアンジェリーナ・ジョリーがダーティー・ハリーのように見えたんだけど、今回は最初っから「これはウェスタンだよ」って思ってた。
老ガンマンの話ですよね、これって。
妻に死なれたウォルトは「許されざる者」(92)で親友を亡くしたイーストウッドにも思えるし、ジョン・ウェインの「ラスト・シューティスト」(76)の癌を患った老ガンマンともダブる。
ウォルトがタオにガレージの工具を貸し与えるところなどはさしずめ銃の撃ち方を教えるようなもんだし。
ウォルトの家以外で出てくる場面といったら酒場と床屋。
床屋も西部劇では欠かせない舞台設定ですよね。
「ラスト・シューティスト」しかり、「荒野の決闘」しかりです。
この映画でも床屋はいいシーンでした。

レッスン1。男らしい会話の仕方
この映画のエンディング・クレジットは珍しく暗転をしない。
タオが運転するグラン・トリノを写してそのままの状態で終わる。
何か意図でもあるのかなあと思った。
この映画って見た人それぞれがイーストウッドの過去の映画を思い出すんでしょうね。
で、みんなウォルト・コワルスキーという人物をハリー・キャラハンやレッド・ストーバルやトム・ハイウェイとかと重ねあわせて楽しめるようになってる。
だから正しくザッツ・イーストウッドな映画だと思いますね。
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って映画みてるのね・・
って私も5月は後半みましたが・・
この映画はいいよね・・
私はタオのお姉さん(もう名前忘れてる・・汗)との会話が好きでしたね・・
イーストウッドがタオをつれていきいきしてきたのもよかったしね・・
なんで家族はうまくいかないのかしらね・・・と悲しくもありましたけど・・
まあ主夫生活の合間を縫ってなんとか映画は見てはいるのだ。
特別忙しいというわけでもなく。
かといって暇であるわけもなく。
まあ、なんだかなあって感じです。(笑)
そして、真っ先に浮かんだのは自分も『センチメンタル・アドベンチャー』でした。
イーストウッド映画の最高峰の1本だと思いますが、なかなかこの映画のことは話に出ませんよね。
「センチメンタル・アドベンチャー」や「ブロンコ・ビリー」で監督イーストウッドの才能が一気に開花したって感じでしたね。
>イーストウッド映画の最高峰の1本だと思いますが、なかなかこの映画のことは話に出ませんよね。
そうですよね。
なんせ当時は確かスプラッシュ公開で地方での2本立てのみで都心のロードショーは無かったように記憶してます。
確かに初めて観た時は「ウディ・ガスリー我が心のふるさと」や「怒りの葡萄」を連想させる地味な映画ではありました。